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聖マリア病院の歩み

第1期 創設期の時代(昭和28~38年)

第1期 創設期の時代

昭和23年に井手医院を開設し、その後昭和27年に「医療法人雪ノ聖母会」を設立。昭和28年には聖マリア病院を開設し、本院がスタートした。

結核主体の長期療養から、福岡県未熟児養育機関の指定を受け未熟児医療に着手し、合併症を持つ精神科患者の為に精神科病棟も新設。その後、経済の急速な高度成長を背景に交通事故が頻発する様になり、整形外科の診療を開始する等、徐々に診療主体を救急医療へ転換していく。

第2期 24時間365日の救急医療中心の総合病院として展開(昭和39~42年)

当時は救急車のたらい回し事件が頻発し、そんな状況を何とか変えなければという強い気持ちから生まれた。昭和39年に福岡県救急病院として指定を受け、産婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・皮膚科診療も開始、総合病院としての体制を整えて行った。

第3期 センター化の時代(昭和43~59年)

第3期 センター化の時代

昭和43年にはICU(集中治療室)20床、未熟児センター60床、さらに救急医療センターを付設した合計145床の本館病棟が完成。ここから聖マリア病院の急性期主体の体制が本格的に稼働していく。

新しくスタートさせた診療科を中心にセンター方式をとり、救急医療への展開を図った。特に「新生児センター」は、今では世界最大の規模を誇るまでに成長。ベッド数は126床(30床はNICU)、昭和53年には新生児専門の救急車も配備。昭和55年には産科救急も完備し、「聖マリア病院母子総合医療センター」として統括された。いまでは母子保健と新生児医療に関するWHO研究協力機関、また『赤ちゃんに優しい病院(BFH)』(ユニセフ)としてその信頼は厚い。 そして、センター化の過程で高度医療の充実にも着実に取り組んでいった。

昭和55年には、疾病構造の変化(増加する脳神経系及び循環器系疾患)に対応するために救急医療センター新館に心臓血管外科・脳神経外科などの高度医療部門を開設した。 同58年には、多発する交通外傷に対応するため、脳神経系の機能アップを目的とした脳神経広域救急医療センターを作り、脳神経系の充実を図った。

第4期 保健医療の包括化・国際医療協力・高度医療の推進と中央部門の統合化の時代(昭和60~平成2年)

第4期 保健医療の包括化・国際医療協力・高度医療の推進と中央部門の統合化の時代

院内の保健医療の包括化を進めるために国際保健センターを設立。従来一般外来内で行っていた健康診断と入院の個室を併用していた人間ドック部門を完全に分離し、自動化健診を導入した。21世紀に向けた医療の在り方が、問われ始めた時代でもある。

また、発展途上国の保健・医療・環境水準の向上に寄与出来ればとの思いから国際医療協力活動に取り組み始めた。具体的には海外からの研修生の受入、JICA(国際協力事業団)からの要請に伴う本院職員の途上国プロジェクトへの派遣等を実施。海外からの研修生受入の拠点として国際研修センター(マリアンハウス)も完成した。

高度医療への取り組みとしては、従来行っていなかった放射線治療を開始、診療機能の高度化に取り組んだ。そして、各センターの機能は残しつつ、センター化で分散していた中央部門(中央手術部・総合画像診断センター・集中治療室・医療材料室等)を統合、新しくできた8診(本館)に集中させた。

第5期 「保健・医療・福祉」への積極的取り組みの時代(平成3年以降)

第5期 「保健・医療・福祉」への積極的取り組みの時代

そして今、21世紀の保健・医療・福祉社会に対応し、「患者様とその御家族に焦点を当てた治療(Patient and Family Focused Care)」を計画し、推進。

平成5年聖マリア訪問看護ステーション、久留米市聖マリア在宅介護支援センターを開設。

平成7年老人保健施設「聖母の家」開設。続く、平成9年ホスピスを有する「聖母病棟」を開設。

平成11年12月救急医療センターが竣工。

平成12年聖マリアケアプランサービス、聖マリアホームヘルプサービス開設。慢性疾患児家族宿泊施設「マリアンハウスⅢ」落成。

平成15年病児保育事業(久留米市委託)を開始(マリアン・キッズ・ハウス)。

平成18年4月二類感染病床2床を新設。また、久留米広域小児救急センターを開設。

平成18年8月福岡県より救命救急センターに指定される。

平成19年12月福岡県より地域医療支援病院に認定されました。

平成21年4月1日に「社会医療法人 雪の聖母会 聖マリア病院」へ法人名を変更いたしました。

これらの大きな流れを通して、「保健・医療・福祉の包括性」と、「医療の継続性」の確立を目指します。

更新:2009年10月